先日、沖縄県内で、海外の観光客が天然記念物のオカヤドカリを682匹採取し、逮捕される事件がありました。オカヤドカリに対する文化財保護法違反での摘発は統計以来初めてとのこと。

新聞記事(例えば琉球新報沖縄タイムス)の写真を見ると、採取されたのはサザエの殻に入った、サイズの揃ったムラサキオカヤドカリばかり。食べるためと言っているそうですが、少なくとも個人消費の量ではないし、ムラサキは色がきれいなので、ペット販売用の疑いが濃いのではないのかな…というのは個人的な感想です。

さて、沖縄の島々にはオカヤドカリ類はたくさんいます。
自然ガイドをしていて、これが国の天然記念物だというと、地元の方も驚くし、なんでこれが?という疑問を持たれる方も多いでしょう。
そこで、解説記事を書いてみます。

※この記事はしかたにの見聞と理解に基づきます。もしここが違うとかありましたらお教えください。随時修正します。

まず、「天然記念物」とは何か?
これは、文化財保護法で指定される「文化財」です。文化庁のサイトでは、「動物、植物及び地質鉱物で我が国にとって学術上価値の高いもの」「日本列島がたどってきた『自然史』としての意義を持つ」「日本人の自然観の形成に寄与したもの」「私たちと自然との親密さを物語る『文化史』としての意義も持つ」という説明があります。平たく言えば、その自然物が、その地域の自然環境を代表したり、生活文化に深く関わり大切にされてきたもの。英語では natural monument(ナチュラル・モニュメント)です。例えば○○の大松、のように、マツという樹木は珍しくないけれど、昔から親しまれてきた大木で、地域のシンボルになってきたようなものが、文化財として天然記念物に指定されます。だから、動植物に対する天然記念物指定は、種としての数の多さは関係ありません。ここが絶滅危惧種とは異なる部分です。

そして「特別天然記念物」になると、世界的・国家的に特に価値の高いもの、具体的には日本のある地域に特有の生物で、学術的に特に貴重であったり、希少になってしまったものなどが指定されます。阿寒湖のマリモとか、屋久島のスギ原始林とか、コウノトリとかイリオモテヤマネコとか。これは絶滅危惧種と被ることがありますが、絶滅危惧IA類だから特別天然記念物、ということはありません。

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オカヤドカリ類が国の天然記念物に指定されたのは、1970年。小笠原諸島におけるオカヤドカリ類が減少しているということで指定されたそうです。これは「小笠原のオカヤドカリ類」という地域指定ではなく、オカヤドカリ類全般に対する種指定でした。つまり、日本のどこであろうと、オカヤドカリの仲間全てが対象になりました。日本にはオカヤドカリ類が現在6種程度いると言われており、これらが全部まとめて天然記念物に指定されています。オカヤドカリ類の日本における主な分布は小笠原諸島と南西諸島で、現在は九州南部や四国南部などの黒潮流域でも見られるそうです。

ちなみに戦後、小笠原諸島、トカラ列島、奄美群島、沖縄県はアメリカの施政権下にあり、本土復帰をしたのはトカラが1952年、奄美が1953年、小笠原が1968年、沖縄県が1972年です。小笠原でのオカヤドカリ指定は復帰の2年後なんですね。当時の経緯は詳しく知りませんが、本土の研究者から見たらオカヤドカリ類が珍しかったのかもしれないし、地域の特徴的な自然を守ろうという意図があったのかもしれません。既に復帰していた奄美にもオカヤドカリ類はたくさんいますが、その辺りの議論がどうだったのかは気になるところです。

そして、沖縄県が復帰して、同時に沖縄県内のオカヤドカリ類も文化財保護法の下、全て天然記念物になりました。海岸には普通に小型のナキオカヤドカリがうじゃうじゃいるし、大型で茶色いオカヤドカリや紫色のムラサキオカヤドカリは、海岸から山や畑の方にも登っていきます。ごくありふれた生きもので、島の人々は釣り餌にしていたし、採取してペットとして空港売店などで販売する業者さんもいました。

このとき、やはりこうした現状について、特にオカヤドカリ採取販売を仕事にしている人に対して、急に法律が変わったから仕事をやめろということはできない、というので、許可制がとられました。その時点で採取販売している人を組合に登録し、新規参入は認めず、年間採取量を○kgまで、という制限を設けたのです。これで、登録した人が高齢になるなどして廃業していけば、「天然記念物なのに採取販売されている」という矛盾がやがて解消される、という方針になりました。数年前に聞いた話では、まだ最後の登録業者さんがおられるそうです。

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オカヤドカリ類の天然記念物指定の経緯はここまでなのですが、自然や文化財の保護の観点では、法で指定されただけでそれらが守られるわけではありません。オカヤドカリ類は沖縄県内のどの海岸にもほぼいます。では海岸の開発や埋め立てができないかというと、そんなことはなく、「オカヤドカリ類に対する保全措置」がとられれば開発許可は下ります。具体的には移植、すなわち開発エリアのオカヤドカリ類の採捕許可を申請し、採取して、他所の海岸に放すだけです。そのため、オカヤドカリ類の天然記念物指定は、許可が必要というワンクッションはあるものの、海岸の生息域の保全に対しては事実上ほとんど力になりません。

また、オカヤドカリ類は貝殻を交換するし、脱皮もするので、個体にマーキングをすることができません。そのため、採取して放した個体がその後生き延びているかどうか、といった追跡調査のできない生きものです。オカヤドカリ類の移植は、生物保護の観点でも効果が測定できないという問題があります。

一方、オカヤドカリ類は、県民や子どもたちにとってはとても見慣れた親しみやすい生きものです。年間を通してたくさんいるし、長期間でなければ飼育もそれほど難しくありません。大型種はかなりハサミが強いので(挟まれたら相当痛い)扱いに注意が必要ですが、海と陸の自然のつながりを示す特徴的な生きものであり、こうした自然を学ぶ教材としては最適の生きものです。でも法的には現状変更禁止、つまり屋外から持ち運ぶことはできません。

そこで、オカヤドカリ類を種指定ではなく地域指定にし、指定エリアをオカヤドカリ類の良好な生息地として開発から保護しつつ、そうでないエリアのオカヤドカリ類は自由に扱えるようにし、子どもたちへの学びにも役立つようにした方が、かえって良いのではないか、という考えが出てきました。2004〜05年、沖縄県教育庁の文化課にいた方が中心となり、指定変更の基礎資料になるよう、県内のオカヤドカリ調査が行われました。これには県内有識者の皆さんに混ざり、甲殻類が専門のしかたにNも調査に協力しました。その報告書が平成18(2006)年3月の「沖縄県天然記念物調査シリーズ第43集 オカヤドカリ生息実態調査報告書II」です。

ただ、それ以降、指定変更には至っていません。国の指定を取り消す、または変更するということ自体のハードルが高いでしょうし、また地域指定にする場合は沖縄県だけの話ではなくなり、どこからどこまでを、どのような基準で指定するのか、そのエリアの保全の枠をどのように設定し、自治体や住民への理解と合意をどうとっていくのか、という議論にはかなりの時間と労力が必要だろうと推察します。

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というわけで、オカヤドカリ類は、相変わらずたくさんいるけれど、日本では全て天然記念物のままです。許可なく野生の個体を採取して持ち運ぶことは法的にはNGです。

ごく普通にいる生きものなのに、という矛盾はそのままですが、今は種指定のままで良いのかなと思います。今回の違法採取事件のように、個人で楽しむレベルを越えた食用もしくはペット販売目的の採取が、これまでもあったのかもしれないし、これからも起こるかもしれない。復帰直後のように、沖縄を訪れた観光客がちょっとお土産に買って帰るのと、現在のようにネット販売が可能な時代とではマーケットサイズが桁違いです。そして、本土や人口規模の大きな国での需要が高まってしまったら、法規制がなければ自然資源はあっという間に取り尽くされてしまいます。この状態でもしオカヤドカリ類を地域指定にしたら、指定地域以外では合法的に取り放題。そして、本当に指定地域以外で採ったものかどうかの判別はできません。

オカヤドカリ類を教材として気軽に学校に持ち込んで見せることはできないけれど、海岸に行ってその姿を観察したり記録することはできるので、それで良いかなと。

なお、沖縄の人々は一般にオカヤドカリ類を食べません。昔、沖縄には風葬や洗骨の風習があり、海岸沿いの崖地などにそうしたお墓がありました。雑食性のオカヤドカリ類は、亡骸を「片づける」役目を担っていたんです。沖縄島北部などで、よくそうした話を聞くそうです。

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というわけで。
オカヤドカリ類は、暖かい地域の海辺の自然を象徴するような生きもの、そして、生活史の中で海と陸とを行き来する生きものです。人工護岸や道路などで海と陸の自然のつながりが分断されると、彼らは生きていけません。沖縄の海岸ではごく普通種ですが、そうした生きものが普通に生きていける、ということは、沖縄の海辺の自然がつながりを保っているという証拠でもあります。

 そうした海辺が沖縄にいつまでも残されることを、心から願っています。

 

※2022年9月12日のNHK-BSプレミアム「ワイルドライフ」で、「沖縄やんばる 海から陸へ オカヤドカリ繁栄の秘密に迫る」が放映されました。実はこの撮影に、しかたにNが全面協力しています。映像には出ませんが、撮影カメラの後ろで常にサポートをしていました。今ならオンデマンドで見られますので、ぜひご覧ください!